わたしたちが目指すもの
私たちの体には地球数周分もの『血管』という管状の組織が詰め込まれており、生体が生命を維持するためには、外部から酸素と栄養分を取り込んだ体液を血管によって組織全体へと供給することが必要不可欠です。つまり、血管の発生なしには、いずれの組織も発生することはできないので、血管は最も初期に発生する組織の一つであり、脈管系(血管・リンパ管)がどのように作られ、どのように壊れていくのかという分子機構を追求することは、組織・臓器の発生発達・恒常性維持・老化・病態を理解する上で、極めて本質的な問題の一つと考えられます。
血管は、構成細胞である内皮細胞と壁細胞の分化を経て、体の隅々に精巧に張り巡らされます。この血管は、一見均一な細胞集団にとらわれがちですが、実際は組織特有・臓器特有で異なる形態、異なる性質を獲得しており、極めて多様性に富んだ細胞集団であることが分かっており、この不均一性が血管が担う多種多様な機能の発現を可能にしています。しかしながら、組織毎に異なる形態・機能を持つ血管がどのようなメカニズムで構築され、如何なる生理機能を担っているのかは未だ不明な点が多いのが現状です。私たちは、脳と皮膚をモデルとして、血管形成が組織の発生や老化に如何に関与するのかを明確化することを目指し、主に4つの研究テーマを展開しています。
わたくしたちは、これまで、哺乳類の大脳皮質の発生現象をモデルとして、神経幹細胞・前駆細胞の未分化性の制御機構を追求すると共に、神経分化を調節する分子機構を明らかにしてきました。その過程で神経と血管が極めて同期的・協調的に発生を制御する分子機構が存在することが分かり、こうした脳血管がどのように形成され、血管由来の微小環境が神経幹細胞・前駆細胞の調節に如何に働いているかを詳細に解析してきました。その結果、脳組織内の血管は領域毎に異なる特徴的な形態を示すことを発生学的(Cell Reports 2019)・数理生物学的(Life 2022)に明らかにし、未分化な神経幹細胞の周囲では血管先端細胞が優先的に発生することを発見しました(Cell Reports 2019)。また、この血管先端細胞の仮足と神経幹細胞の相互作用は、脳の発生・発達に必要不可欠な働きを示すことが見出されています(Cell Reports 2019)。さらには、血管新生が盛んな時期に、内皮細胞周囲に特異的に局在するプロテオグリカンの一種を見い出しました(発表準備中)。そこで、このプロテオグリカンの一種の血管新生能を詳細に調べたところ、脳血管新生を促進する細胞外マトリックスとして重要な働きを持つことを発見し、現在、バイオマテリアルへの応用展開を目指して更に研究を推進しています。
・Komabayahi-Suzuki, Yamanishi, Watanabe et al., Cell Reports 2019;29:1113-1129.
・Inoue et al., Development 2017;144:385-399.
・Mizutani et al., Nature 2007;449:351-355.
・Saio et al., International Journal of Molecular Sciences 2021;22 (20):11169 [review article].
・Takigawa-Imamura et al., Life 2022;12 (12) 2069.
・Zeng et al., (in preparation).
・水谷健一, YAKUGAKU-ZASSHI 2021;141:335-341 (和文総説).
・水谷健一, YAKUGAKU-ZASSHI 2020;140:521-527 (和文総説).
・水谷健一, 脳科学辞典 2017 (オンライン辞書).
脳は、神経細胞の活動を維持するために膨大なエネルギーを必要としますが、エネルギー源であるグルコースや酸素の供給を血流に依存しているにもかかわらず、脳には正常なエネルギー代謝を支えるだけのグルコースの蓄積ができないため、その機能維持には血管老化を抑えることが重要となります。実際、老齢の脳組織では毛細血管が質・量ともに顕著に劣化することが観察されており、また、脳梗塞や認知症などの様々な神経疾患においては、疾患の発症・進展の際に先行して、毛細血管が構造的・機能的破綻を示すことが古くから知られています(Frontiers in Aging Neuroscience 2019)。そこで、わたくしたちは、脳の毛細血管が加齢や病態によってどのように変化していくのかを形態学的・分子的に詳しく解析することで、血管が果たす組織老化・病態の意義を明確化することを目指しています。また、近年、再生医療への応用が期待されている間葉系幹細胞の強い血管新生促進作用に着目し、様々な脳疾患に対する再生治療への応用の可能性を追求しています(発表準備中)。
・Ishihara et al., Life 2023 [review article].
・Watanabe et al., Frontiers in Aging Neuroscience 2020;12:309 [review article].
・水谷健一, Seikagaku 2017;89:384-390 (和文総説).
皮膚は個体と外界との境界に位置し、極めて強固な抗老化機構によって、その恒常性を維持していますが、これには幹細胞の自己複製能と多分化能の調節が深く関与しています。皮膚のターンオーバーを可能にする未分化な幹細胞の周囲には、毛細血管が定められた場所に配置されており、血管由来の液性因子・微小環境が皮膚の恒常性を維持する上で極めて重要な役割を果たしていると考えられていますが、その詳細は明らかにされていません。そこで、わたくしたちは、こうした血管の規則性が加齢によってどのように変化するかを詳細に観察することで、幹細胞の微小環境としての皮膚血管の役割を追求しています。これまでの研究で、皮膚組織における様々な状況変化に応じて、毛包周囲血管が再構築・再編成する新たな現象を見出すと共に(発表準備中)、発毛剤であるミノキシジルが、組織内の皮膚血管を毛包幹細胞の近傍へ動員する作用を示すことを発見しています(発表準備中)。
・河野ら, FRAGRANCE JOURNAL 2021;49 (9):30-37 (和文総説).
・Zeng et al., (submitted).
近年、加齢変化や栄養状態が毛細血管の劣化に寄与する可能性が指摘されており、様々な組織における毛細血管の減少・機能不全が、酸素・栄養の供給不足に繋がり、組織老化を促進する可能性が懸念されています。そこで、わたくしたちは、毛細血管やリンパ管の老化を評価できる実験系を構築し、天然物(食品成分)や生薬が、毛細血管老化・リンパ管老化に果たす役割を解析しています。これまでの研究で、抹茶の含有成分が顕著な血管新生促進作用を有することを見い出し、脳血管老化に対する予防効果を明らかにしています(Journal of Nutritional Science and Vitaminology 2021)。また、生薬として知られるノイバラの抽出液が有する血管新生促進作用を見い出し、これが表皮幹細胞の増殖・分化に有効である可能性が見出されており(発表準備中)、その応用展開を模索しています。
・Iwai et al., Journal of Nutritional Science and Vitaminology 2021;67:118-125.
・朝山ら, FRAGRANCE JOURNAL 2022;30-3750 (5):26-33 (和文総説).
・Asayama et al., (submitted).